セミナー

「コミュニティに根付いたインクルーシブな地区防災を考えるセミナー」報告

コミュニティに根付いたインクルーシブな地区防災を考えるセミナー
―熊本地震の経験に学ぶ―

主 催:被災地における障がい者、移動制約者への移動送迎支援活動基金(ももくり基金)
    一般社団法人 日本福祉のまちづくり学会関西支部
開催日:2017年3月26日(日曜)14:00〜17:00
場 所:大阪大学中之島センター703会議室
参加者:54名
■基調講演:「被災者の尊厳を守る ―熊本地震避難所『熊本学園モデル』を通して」
 熊本学園大学社会福祉学部教授・水俣学研究センター長 花田昌宣先生

 2016年4月14日、16日に発生した熊本地震において、熊本学園大学は指定避難所ではありませんでしたが、 地域の人達が避難してきたため、発災直後から大学校舎を開放し自主的に避難所を開設しました。 16日の本震後は750名の人が避難しており、そのうち障害者(車いすユーザーなど視覚的にわかる人のみ)60名あまりを受け入れました。 その他にも精神障害者、知的・発達障害者も大勢の避難者の中におり、一緒に避難生活を過ごしたそうです。
 花田先生は、東日本大震災直後に東北に行き「避難所の中に障害者がいない」と感じた経験を持っておられ、 今回、障害の有無に関わらず受け入れたことについて「あれを繰り返したくない」という想いがあったと話されました。
 障害者・高齢者の脱施設化と地域移行の流れを踏まえた災害時緊急避難のあり方としてインクルーシブな避難所運営となった、 この実践は「熊本学園大学モデル」として今後、広げていきたいと語られました。
 その避難所運営ポイントは「管理はしないが、配慮する」こと。 そして、ルール、規則は作らず、役割分担もしなかったことです。 「管理はしない」とは、地域や状況によって避難者のニーズは多様であり、 緊急時にマニュアルは役に立たず、ルールをつくると、そこから排除がはじまります。 このため熊本学園大学では、ペットも規制しなかったし、飲酒規制もしなかった。 互いの配慮で大きなトラブルは起きなかったといいます。
 一方、「配慮する」とは、合理的な配慮を行えるよう、卒業生などの協力を得て24時間体制で運営されました。 例えば、ホールを開放し障害者のためのスペースを確保したり、人工呼吸器の電源確保のために別系統の電源を確保したり、 きめ細やかな対応をその場その場の判断で行ってきたと話されました。
 これらの経験を踏まえて、花田先生は避難所には2つの役割があるといいます。 一つは、いのちをつなぐ場所です。もう一つは、次のステップへの準備となる場所であるということです。 二つめの、次のステップへの準備とは、少し落ち着いて生活を再建するための必要な配慮を行うということです。 例えば、地震で家の中がめちゃくちゃになって戸惑っている人には家の片づけを手伝ったり、 地震の混乱で気持ちが不安定になっている人には、じっくり話を聴いたりと、さまざまな対応が必要となります。 そこには、共通経験を持つ障害のある人が支援の側に立つことがとても大切であったと話されました。
 今回のお話から、当事者の話を聴き当事者の判断に基づいて配慮するという、当たり前のことを当たり前にできることの大切を学びました。 それには、震災前のあり方が問われると花田先生は指摘されます。 障害のある人もない人も、日常の交流がある、地域に障害者が見える共生社会を創ることが大切と強調されました。
■パネルディスカッション:「地域に根付いたインクルーシブな地区防災とは」
 コーディネーター:柿久保浩次(ももくり送迎基金)
 パネリスト:花田昌宣(熊本学園大学教授)、中村守勝(NPO法人移動ネットおかやま)、伊藤豊(NPO法人こうべ移動ネット)、西村秀樹(守山市UDまちかどウッォチャー・視覚障害者)

 後半は4名のパネリストを迎えて、各人の経験に基づき今後の地区防災のあり方についてディスカッションを行いました。 最初に、コーディネーターの柿久保氏から、災害時のネットワークの重要性について問題定義がされました。
 岡山で移動支援を行っている中村氏は、熊本地震の被災地に移動支援に駆けつけました。 送迎支援を行った人には、精神障害のある人が多かったといいます。 精神障害のある人は、自分にあう、ようやく見つけた係りつけの医に治療してもらっていることが多く、 緊急時であっても変更することができないといいます。 このため、移動の支援が大切であると話されました。 中村氏は、岡山で移動支援を行っている団体をネットワーク化し、普段から助け合い、情報交換を行っているそうです。 それが緊急時にも役に立つと話されました。 多様なネットワークを持つことの重要性を強調されました。
 阪神淡路大震災時に孤独死防止のためのボランティア活動を行った伊藤氏は、 その時に実施した温泉ツアーの経験が、今の移動支援活動につながっていると話されました。 阪神淡路大震災では、高齢者や子ども、障害者などが後回しになり、置き去りにされて苦労することを経験したと言います。 しかし、阪神淡路大震災から多くのNPO団体が生まれ、地域防災計画やトリアージ災害医療、要援護者支援、PTSD対策など、 さまざまな面で対応が進み、相互のネットワークも作られてきたと報告されました。 しかし、本セミナーのテーマにあるように、すべての人をインクルージョンできるのか? まだまだ課題は多いと指摘されました。
 全盲の視覚障害者である西村氏は、地元滋賀県守山市でユニバーサルデザインのまちづくりに取り組むメンバーと 熊本の被災地を訪問した経験を話されました。 これまで大きな災害を経験したことがない西村氏は、テレビなどの断片的な情報を聴いても映像で確認できない自分は、 熊本で大きな地震が起きているという実感が持てなかったといいます。
 新幹線で熊本駅に降り立った時、ホームの階段に渡されていた板を足で踏んだ瞬間に、異常さ、災害を体感したと話されました。
 同じ視覚障害者の被災された自宅を訪問させてもらった際、自分は被災の様子を見て確認することはできなかった。 しかし、階段下で待っている車いすユーザーの仲間を階段上にあげる手助けをすることで、 被災の様子を代わりに見て伝えてもらうことできると気づき互いに助け合った経験を話されました。 できないことではなく、自身ができることを考え、実行することの大切さを再確認したと言います。
 会場からは、現在の熊本の復興の様子を知りたいと質問がありました。 花田先生より現在の熊本の状況についてお話いただきました。 熊本では自宅再建が進んでいないといいます。 また、阪神淡路大震災や東日本大震災と同じように、 地域コミュニティから切り離されて仮設住宅に入居せざるを得ない人が多く、 問題が山積しているが、中間支援ボランティアは、一部を除き撤退していっていると言います。 精神障害者など、しんどい立場の人がフェードアウトしてしまう状況にあり、 将来への対策は残ったままだと話されました。
 最後に、花田先生は、地区防災力を向上させるには訓練や知識は必要だが、災害時には、 やはり起きないとわからないこと、起きてはじめてわかることがあるといいます。 初動期の1週間は、自身、地域で、なんとかやり過すことが求められる中、 「柔軟に対応する」姿勢、適切な判断を、日々の過ごし方から身に着けておくことが大切とまとめられました。
(文責:石塚裕子)
セミナーの様子
〈セミナーの様子〉
花田氏の講演
〈花田氏の講演〉
ディスカッションの様子
〈ディスカッションの様子〉

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